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東京高等裁判所 昭和29年(う)2999号 判決

控訴人 被告人 中村潔 外一名

弁護人 古明地為重 外二名

検察官 小西太郎 軽部武

主文

被告人中村潔の本件控訴はこれを棄却する。

被告人萩原豊子こと木下とよ子に関する原判決を破棄する。

被告人萩原豊子こと木下とよ子を懲役一〇月に処する。

但し同被告人に対し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる覚せい剤注射液二cc入アンプル五七九本(昭和二九年押第一一〇八号の三中内容在中のもの)はこれを没収する。

原審竝に当審における訴訟費用は全部被告人中村潔の負担とする。

理由

被告人中村潔の本件控訴の趣意は末尾に添附した弁護人古明地為重、同坂本英雄提出の各控訴趣意書記載のとおりであり、被告人萩原豊子こと木下とよ子の本件控訴の趣意は、末尾に添附した弁護人堀内清寿提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

被告人中村潔の弁護人坂本英雄の控訴趣意第一点竝に同被告人の弁護人古明地為重の控訴趣意第一、について。

記録竝に当審の事実取調において取寄せた被告人中村潔に対する甲府地方裁判所昭和二七年特(わ)六二号職業安定法違反事件記録及び同事件判決謄本を調査すると、原審検察官は原裁判所に対し昭和二七年一二月一七日附起訴状により被告人は法定の除外事由がないのに第一、営利の目的で昭和二六年一二月下旬頃から昭和二七年七月中旬頃までの間五回に亘り峰尾梅子外四名にそれぞれ職業を斡旋しその都度金品を収受し、以て有料の職業紹介事業を行い、第二、昭和二六年一二月下旬頃から昭和二七年五月初旬頃までの間三回に亘り斎藤松江外一名にそれぞれ職業を斡旋し以て無料の職業紹介事業を行つたものとして公訴を提起したにもかかわらず、更に原裁判所に対し昭和二七年一二月二四日附起訴状により被告人が法定の除外事由のないのに営利の目的で昭和二六年九月一七日から昭和二七年二月一〇日頃までの間三回に亘り北野みさえ外二名にそれぞれ職業を周旋しその都度現金を収受し以て有料の職業紹介事業を行つたものとして公訴を提起したので、原裁判所は昭和二九年二月一五日被告人に対する右二個の公訴はいづれも包括的な職業犯としての起訴であり、その期間の始期と終期とに多少の相違はあるが同被告人によつて時期を共通にして同種の職業紹介事業が二個竝び行なわれたと見るべき理由はないから曩に起訴の訴因を構成する五個の事実と本件公訴の訴因を構成する三個の事実とは包括して一個の職業紹介事業を行つたとして起訴されるべき関係にあると考えられ、従つて後の公訴は昭和二七年一二月一七日公訴の提起があつた事件について更に同一裁判所に公訴が提起されたときに該当するから、刑事訴訟法第三三八条第三号に依りこれを棄却すべきものであるとして同年一二月二四日附起訴状による公訴を棄却する旨の判決を言渡し、この判決は昭和二九年三月二日確定し、原審検察官は同年二月二四日附訴因追加訂正請求書により被告人が法定の除外事由のないのに営利の目的で昭和二六年九月一七日から昭和二七年二月一〇日頃までの間三回に亘り北野みさえ外二名にそれぞれ職業を周旋しその都度現金を収受し以て有料の職業紹介事業を行つたとの訴因を昭和二七年一二月一七日附起訴状記載の訴因に追加し、原裁判所は右起訴状竝に訴因追加訂正請求書記載の各訴因について審理しこれを原判決の判示第一、の事実として認定し職業安定法第三二条第一項、第六四条第一号、及び同法第三三条第一項第六四条第二号を適用処断していることを認めることができる。しこうして無許可職業紹介事業のような職業犯について一旦公訴が提起されるとその判決あるまでの同種違反行為は包括して一罪を構成するものと認めるべきものであるから、検察官が曩に提起した公訴の訴因以外の他の訴因をも審判の対象とするには、刑事訴訟法第三一二条によつて訴因追加の手続を採るべきであり、既に包括一罪を構成する無許可職業紹介事業にあたる行為を訴因として公訴が提起しているにかかわらず更に他の同種行為を訴因として公訴を提起するのは、同法第三三八条第三号にいわゆる公訴の提起があつた事件について更に同一裁判所に公訴が提起されたときに該当し同条に依り判決を以て後の公訴を棄却しなければならないものといわねばならない。従つて原裁判所が前記のような理由により被告人に対し昭和二七年一二月二四日附起訴状により提起された公訴を棄却する旨の判決を言渡し、原審検察官が昭和二九年二月二四日附訴因追加訂正請求書により訴因の追加をしたことは相当であるということができる。そして右公訴棄却の判決は確定したのであるから、形式的確定力を有することは所論の通りであるが、この形式的確定力によりその判決の内容が確定し同一訴因について再び公訴を提起することが許されないこととなるけれども、この判決は純手続的な形式的裁判であつて具体的事実に対して実体法を適用してされた実体的裁判ではないのであるから、この判決が確定しても実体的確定力を生ずることとならないのである。それ故この公訴棄却の判決が包括一罪を構成する行為を訴因とするものについてされたものであり且つそれが確定したとしても、包括一罪である無許可職業紹介事業の事実そのものに対し職業安定法違反の有無を判断してされた判決でない以上その効力が包括一罪の全部に及ぶものということができないのであり、曩に被告人に対し昭和二七年一二月一七日附起訴状により提起された公訴は の公訴棄却の判決の効力を受くべきいわれはないのであつて、原裁判所が右起訴状記載の訴因竝に昭和二九年二月二四日附訴因追加訂正請求書記載の訴因について審理判決しているのは相当であり、所論のように審判の請求を受けない事件について判決したものではない。

しからば原判決には所論のような訴訟手続法令の違反はないから論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人坂本英雄の公訴趣意

第一点原判決は刑事訴訟法第三百七十八条第二号に違反し不法に公訴を受理した違法があつて破棄を免れない。

原判決はその理由に於て第一、被告人は

(一)法定の除外事由がないのに拘らず別表第一各欄記載のとおり昭和二十六年九月十七日頃より昭和二十七年七月中旬頃までの間に九回に亘り甲府市穴切町一六六番地の自宅外三ケ所において松野義雄外四名に対し北野みさえ外七名を紹介し女中として雇入れ方を斡旋しその都度一、五〇〇円乃至五、〇〇〇円の報酬を受けて有料の職業紹介事業を行い

(二)法定の除外の場合に該らず労働大臣の許可を受けていないのに拘らず別表第二各欄記載のとおり昭和二十六年十二月二十五日頃より昭和二十七年五月初旬頃までの間に亘り前記自宅外二ケ所において長沼弥三郎外二名に対し斎藤松江外一名を紹介し女中として雇入れ方を斡旋し無料の職業紹介事業を行いたる事実を証拠によつて認定している。しかし右公訴事実は受理すべからさるものであること以下説明するとおりである。一件記録によると本件職業安定法違反事件の公訴は二回に亘つて提起されている。第一回は昭和二十七年十二月十七日付であり第一回は同年十二月二十四日付である。然るに後の第二回の公訴は同二十九年二月十五日に原審裁判所は判決でこれを棄却している。これは職業安定法違反事件において日時場所が接近している場合は包括一罪の性質をもつているから第二回の公訴を提起したのが間違いであつたと認めたためであろう。免も角第二回の公訴が判決を以て棄却されたことは事実上明らかであり且右判決が確定したことも一件記録上極めて明白である。そこで右公訴棄却の判決の確定力(形式的確定力であるこというまでもない)について考えて見ると。前述の如く本件職業安定法違反事件は包括一罪の性質をもつて同一訴訟物体を形成しているから、その判決の確定力は右同一訴訟物体の全部に及ぶものと認めざるをえない。勿論右判決は実体的確定力はもつていないから一事不再理の原因にはならないが、判決の覇判力が同一訴訟物体の全部に及ぶことは争われないと信ずる。果して然らば第一回の公訴についても右形式的確定力の効力が波及して第一回の公訴も亦棄却の法的効力を生ずるものと認めざるをえない。だから結局第一回と第二回の公訴は共に法律上公訴棄却の判決があつたと同一状体に置かれているから裁判所はこれに対し裁判をなすべき権利と義務とを有しない筋合である。尤も副検事沢登某は昭和二十九年二月二十四日に先に公訴を棄却された同一事実について第一回、公訴事実に訴因追加の手続をしているが、当時すでに第一回公訴事実は公訴棄却の判決の確定力が及んでいるので訴因追加といつても基本のない公訴に追加ということは考えられないので右訴因追加という訴訟行為はその効力を発生するに由ない。以上のようの筋合であるから、職業安定法違反事件については原裁判所には何等の公訴が係属していないと云わざるをえない。にも拘らず原審がその判決理由において第一の(一)及び(二)の本件職業安定法違反の事実を認定しているのは正しく刑事訴訟法第三百七十八条第二号に違反した違法があるものとせざるをえない。

弁護人古明地為重の控訴趣意

第一、被告人に対する原判決摘示の犯罪事実中職業安定法違反の事実は原裁判所へ相弁護人坂本英雄が提出した昭和二十九年六月八日附弁論要旨書記載の通りに付き之を援用する。右要旨書に依れば本事実は基本事実は原裁判所に於て公訴棄却になつて居りその後追起訴或は公訴事実を訂正しても基本事実がないものへ追起訴する事も無意味であり新しく起訴する方法を執らなかつたのは違法である。仍つて本事実は起訴のない事実を採つて裁判した事になり違法たるを免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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